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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1335号 判決

控訴人

甲野春子

(仮名)

右訴訟代理人

松岡滋夫

外一名

被控訴人

甲野太郎

(仮名)

被控訴人

甲野夏子

(仮名)

右両名訴訟代理人

吉本範彦

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、控訴代理人において次のとおり述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張)

一、近親婚が禁止されるのは、倫理道徳上および優生学上等の理由による。憲法二四条の保障する婚姻の自由は、もとより無制限ではなく、右のごとき諸理由に基づく制約が存在することは当然である。しかし、かかる制約も、婚姻の自由を最大限に保障する方向において規定されねばならない。

二、ところで、民法七三六条は、養子縁組に基づく法定血族関係が終了した後も、その当事者間の婚姻を禁止している。

養親子関係存続中に婚姻をすることは、もちろん、国民の倫理感情に反し、許されるべきではない。しかし、養親子関係が解消し、法律上他人の関係になつた者の間の婚姻まで、倫理道徳に反するとして法律によつて禁止されるのは、まつたく不当である。

養子縁組を規定した法の趣旨は、他人の子供の養育を主眼とするものであるが、現実に縁組する者においては単に子の養育にとどまらず、自己財産を相続させるとか、自己の老後に扶養を受けるとかの目的もあり、成人間の養子縁組には、その感が強い。この場合の縁組は、実質的には親子関係の設定というより、むしろ自己の老後の保障又は死後の財産の処理にあるとも言える。

よつて、養子関係存続中はともかく、終了後においても、その当事者間の婚姻を禁止するのは、明らかに、ゆきすぎであり、法律をもつて禁止するほどの反倫理性反道徳性は存在しない。

したがつて、本件のごとき、養親養子間の婚姻を、離縁後も禁止する民法七三六条は、禁止の合理的根拠を欠くもので、明らかに憲法二四条の婚姻の自由を保障する規定に反し、無効である。

理由

一当裁判所も、被控訴人らの本訴請求を認容すべきものと考えるが、その理由は、次のとおり附加するほか、原判決が理由として記載するところと同様であるから、これを引用する。

二控訴人は、離縁により養親子関係の止んだ男女間の婚姻を禁止する民法七三六条が、憲法二四条に違背する無効の規定であると主張する。

しかし、民法七三六条は、近親婚禁止の原則規定である民法七三四条とのつながりを抜きにしては、その合理性を論ずることはできない。

養親子関係は縁組という当事者の合意によつて設定され、離縁という当事者の合意によつて解消することのできる親子関係であり、婚姻もまた当事者の合意によつて成立する。したがつて、養親子間の婚姻を禁止しても、養親子関係解消後の婚姻が許されるのであれば、当事者は合意によつて容易に婚姻禁止の拘束を脱し、その上で、新たに婚姻の合意をすればすむ。民法七三六条がなければ、民法七三四条は、養親子関係にある者に、右のような手順を経ず、養親子関係を存続させつつ婚姻関係を成立させることを禁止した規定にすぎないことになる。養親子関係は、所詮、実親子関係とはまつたく異なる人為的な親子関係であるから、たかだか、その程度の規制で足りるとし、結局、婚姻関係への移行を容認するということになる。

しかし、民法は、養親子関係の内実を、実親子関係との本質的な差異として、できるだけ実親子関係に引きよせて考えている。「養子に養親の嫡出子たる身分を取得する」と規定し、これを介して養親子を血族とし、広範に実親子と同じ規定に服させている。極言すれば、「合意によつて生じた嫡出子関係」ともいえる。これに対応して、養親子関係の内実も、実親子関係と同様のものが、形成されてゆくべきものと考えているといつてよい。

実親子関係においては、性的結合は、親子関係と相いれないとされる。したがつて、本来、性的結合を目的とする婚姻関係が親子間に発生することが、否定される。

民法は、養親子関係の内実も、右と同様に形成さるべきことを予定しているわけである。

民法の採用した養子制度は、第一に子の利益、子の養育が主眼となつているというのは、そのとおりであるが、しかし、親子関係に包摂してそのことが達せられるのであつて、単に養育施設を提供するような関係とは異なる。

養親子関係を右のように民法が考えているのと別種の、実親子関係とは縁遠い関係と考えるべきだということになると、民法は、養親子関係について、たとえば、相続分とか、扶養関係とか、全般にわたる規定を、構想をかえて考え直さねばならぬことになろう。

それはまさに立法論に属する事柄である。換言すると、民法の規定から帰納される養親子関係の型は、いわば制度的な実親子型であり、これに対しては、養親子関係を契約関係的に構想した契約型があるが、どちらの型を基礎において養子制度を規定していくかは、社会の実情等に即してどちらが適当かという立法上の選択の問題になる。

さきに述べたところから明らかなように、実親子型の養親子関係を基礎にすれば、民法七三六条も、七三四条との関係で充分筋の通つた合理的な規定だと考えられる。そこでは、当事者の婚姻の自由、配偶者選択の自由が、その限度で制限されること、実親子が常にその制限を受けているのと異ならない状態におくことが是認される。それを、過酷で不当な制限というためには、基礎として別の型の養親子関係を考えるべきであるという考えが、無意識であるにしても前提となる。

以上の説明によつて控訴人の主張の採用できないことは明らかになつたと考える。

三そうすれば原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(鈴木敏夫 三好徳郎 富沢達)

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